ajapa-life’s diary

管理人の雑記ブログ

言葉が足りない うむむむ(・ω・)

 

 

 

 

 

 言葉が足りない

 

 

 

 

 大体10記事書き終わったあたりから、そこはかとなく思い始めたことがある

 

 

 

 

記事で使う表現…似たり寄ったりになってない?

 

 

 

同じ言葉、何回も使ってない?

 

 

 

少しずつ、内容が薄くてつま~んなくなってきてない?

 

 

 

そのことに、自分でも気づいてるんじゃない?

 

 

 

最近もう一人の自分がささやいてるんですよ。確かに聞こえるんです。僕にだけ

 

 

 

気のせいかな、と思って自分の過去の記事を読み返してみると・・・

 

(これちょっと恥ずかしいんだけども)

 

 

 

 

確かに似たり寄ったりしてきてる

 

 

なぜだ?なぜこんなことに?ブログ書いてるだけだぞ、おい

 

 

でもでも、ブログを書き始めてもう15記事くらい。我ながらよく続いてる方だ(毎日更新しているとは決して言ってない)

 

 

書き続けているとけっこう楽しいっておもうこともある

 

 

漫画のことについて書いてるうちに熱中して語ってしまい、2000文字とか3000文字とか書いてしまっていることがある

 

 

「デバイスの操作ミスってこのブログに迷い込んでしまった不幸な読者の人たちにも、何か救いがありますように」

 

 

そう思って、ちょっとはおもしろい記事書かなくちゃ、って自分の中にある自分だけの言葉を探してみたこともある

 

 

具体的に困ってること

 

「すんごい画力だなぁ」と思っても、繊細な絵と、くっきりしている線の絵を見ると、同じ「上手な絵」にも異なる「上手さ」がある、とか言葉で表現できる

 

 

「両方とも間違いなく上手い絵なのに、この二つは雰囲気が全く違う。なら僕は何に絵のうまさを感じるのだろうか?

 

 

人・動物・背景の形が正確に描かれていることか?それだけで判断してるとも思わない

 

 

何か別の物差しが自分の中にあるのか?」

 

 

そんなこと考えてもやもやした時に、形のないこの感情・葛藤を言葉にできて誰かに説明したりするとものすごい達成感とを感じる、そんな体質なんですよ僕

 

 

 

 

 

例えば、「食戟のソーマ」や「NARUTO-ナルト-」に「僕のヒーローアカデミア」はくっきりした感じの絵がすごい上手いて思ってる

 

 

一方で「デスノート」も、絵は上手い。

 

しかし、上記の三つの漫画と違って線が細い。絵がくっきりしてない分、ストーリーや持ち味である頭脳戦・複雑な思考回路等が印象強く頭に残る漫画だった

 

 

また三つの同じくっきりした漫画にも表現の特徴があって、 食戟のソーマはzン秋の記事でも書いたが

 

 

 

ボキャブラリーが枯れちゃった

 

なんかもういくつか違う点とか、もっとこまかいポイントを語ってみたいとか思うんだけど、言葉が出てこない、記事にできない

 

 

そう思ってるうちにさっき思ったことも薄れて忘れてしまう。もう言葉にできなくなってしまう。それがもどかしい。

 

 

 

これが「ボキャブラリーが枯渇した」という状態だ

 

 

解決策 ボキャブラリーのインプット=読書しよ

 

 

ボキャブラリーが枯渇したならもう一回新しいの入れてあげればよい

 

 

本を読もうか。でも本はけっこう読んでる。活字の本。

 

 

「新しい一歩は今始めよう!」とか「継続は才能」とか書いてあって、読んだら胸の奥からこみあげてくるものを感じる本で・・・

 

 

それ自己啓発本やん!

 

 

自己啓発本はなにか目標に向かって努力する場合に、モチベージョン維持にはいいかもしれない

 

 

だが、新しい言葉や表現を吸収し、人間を深めていくのには向かないんだろな

 

 

小説とかがいいかもしれない

 

 

ちょっと前、自己啓発本読み漁る前に最近カッコつけたくて芥川龍之介とか夏目漱石とか読んだが、あまり自分で使うような表現がなくて、レパートリーが増えなかった気がする

 

 

なんか適当に有川浩東野圭吾とか読みたい気分だ。いくつか積んでおいてる本もあったし

 

 

ブログを書き始めることによって、読書の必要性が身にしみてわかった気がした

 

 

ただ小説読んでボキャブラリー増やすんならちょっと注意しとかないといけないことってあると思う

 

 

 

注意点 他人の言葉で語らないようにすべし

注意点としては

 

他人の言葉や表現を自分も身につけるのなら、自分の言葉として発することができるようにならないと逆にはずかしいことになる

 

ってことかな

 

 

「マジ卍」など全く新しい単語は例外中の例外として、難しい言葉「抽象的に」とか「遡及的に」とかでもほぼすべての単語・言葉・表現は背腕に存在するものだ

 

今までの人生の中で活字や漫画などの書物から吸収して身に着けた言葉であることは確かなんだ

 

け・ど・ね

 

 

ないかな。「この人いいこと言ってるんだけど、たぶん最近読んだ本からまんま抜きだして言ってるんだろうなぁ」ってわかるとき

 

 

感覚的なものなんだけどピンとくるんよね、ホント

 

 

本読んだか誰かが言った言葉をそのまま使ってるんだろうけど言葉だけが浮いて聞こえるんですマジで

 

 

そしてそれを聞かされた時の僕らの気持ちよね

 

 

特に目上の人からの仕事上のお説教でそんなワンシーンがあったとき、残りの時間すべて     

 

(´・ω・`)はぁ

 

 

ってなるけんね 

 

 

自分の言葉として身に着けてない人の言葉は薄っぺらい

 

 

そうならないためには新しい表現を使うとき、その表現の意味をよく考えること。その表現が自分の中でしっくりくることが自分の人生の中で本当に感じたことがあるか、を考えること

 

 

これとっても重要

 

 

具体例を提示できないが、自分の中でその言葉を反芻(はんすう)したことがあるのか、それが雰囲気に出てくるんですよ

 

 

ということで僕も本読んでボキャブラリー増やすのはいいけど、ちゃんと自分の中で納得したうえで覚えた言葉をつかいたいと思います